京都地方裁判所 昭和26年(ワ)1076号 判決 1955年11月25日
原告 内外印刷株式会社
被告 西京運輸株式会社
主文
被告は原告に対し金十四万二百五十円及びこれに対する昭和二十六年十一月二十三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払うべし。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、原告に於て金四万五千円の担保を供するときは、仮りに執行することが出来る。
事実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金十四万二百五十円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として原告は印刷を業とする会社であり、被告は貨物自動車運送事業を営む会社であるところ、昭和二十六年六月四日原告は被告(当時の商号は西京貨物自動車株式会社)に対し大阪市所在の大阪毎日新聞社倉庫から原告方まで印刷紙B本判五十封度百連の運送を委託し、被告は同日右委託に基きその被用者たる運転手轡田竜一の操縦する被告所有の日燃式薪瓦斯発生炉付貨物自動車に右物件を積載して大阪市所在の毎日新聞社倉庫から京阪国道を京都市所在の原告方に向い進行中京都府綴喜郡八幡町木津川御幸橋附近に於て右自動車の瓦斯発生炉の過熱に起因する火災によつて右積載に係る運送品を焼損し、全連数原型のままではその使用に堪えない損害を原告に与えるに至つた。そして右焼損の発生原因並びに損害の事実は右運転手が原告方に着荷の際これを確認して原告に報告すると共に同人より被告に連絡し、被告は右損害及びその発生原因を確認したので、原告は被告に対し焼損した右印刷用紙を被告が引取つた上その価格全額を賠償すべき旨請求したところ、被告は暫定措置として一応原告に於て右運送品を保管せられたいと懇請し、原告もこれを諒承して一応右用紙を保管したが、その後間もなく損害賠償額を可及的僅少ならしめる様配慮されたいとの被告の希望を容れ、原告は裁断の技術的工夫を施した結果右用紙の損傷した周囲の部分を裁落し面積縮少の上これをA本判型として再生せしめB本判用紙としての全損を免れしめ、実損害額金十四万二百五十円に減少せしめた。即ち焼損した印刷紙B本判の価格は一封度につき金八十円従つて五十封度一連については金四千円であり、五十封度百連では金四十万円となり、これを更生処置することによりA本判三十五封度のもの九十六連を得、右A本判の価格は一封度につき金八十円、従つて三十五封度一連については金二千八百円であり三十五封度九十六連では金二十六万八千八百円となるから、右金四十万円との差額金十三万一千二百円が紙自体の焼損による損害額であり、尚原告は右更生処置を裁断業者に委託して裁断料金九千五十円を支払つたから、右金十三万一千二百円と金九千五十円との合計額金十四万二百五十円が損害額となる。もともと右印刷用紙は原告が訴外毎日新聞社より新聞辞典の印刷依頼を受け特に同新聞社選定に係る印刷紙B本判五十封度百連の提供を受けたものであつて右焼損により全連数原型のままにてはその使用に堪えなくなつたので、原告は右新聞社へは同種の印刷用紙を以て印刷加工の上納品し右焼損用紙の全損害は原告に於て負担したのである。被告が運送途中に於て運送品を毀損したことは運送契約の不履行であり、被告は運送品受取の時からその引渡の時に至るまで善良なる管理者の注意義務があるにも拘らず運送品を毀損したのであるから商法第五百七十七条により原告の蒙つた損害を当然賠償しなければならないのであり、しかも斯る運送契約上の債務不履行を原因とする損害賠償の請求は運送契約の当事者たる原告より為すことは当然であり運送品の所有者と何等の関係はないのである。被告は原告が焼損用紙の更生措置により被害を減縮した好意的配慮を諒承し、右損害の賠償を約しながら今に至るも現実にその義務を履行しないので原告は被告に対し右損害金十四万二百五十円の賠償を求めるため本訴に及ぶと述べ、被告の抗弁に対し運送途中荷物台に乗車していた原告の雇人が煙草の吸殻を捨てそのことが発火原因となつたことは否認する。
尚商法第五百七十八条に言うところの高価品とは貨幣、有価証券その他これ等に準ずるものであり、換言すればその容積又は重量に比し高価なもの例えばその性質(金銀)又は加工(例えば芸術品)若しくは年代の珍稀(古文書又は骨董品等)をその対象として判定すべきものであり、本件運送品の如きは高価品と言い得ないものである。又被告の主張する運送約款の存在及びその規定は原告の知らないところであり、本件運送契約に於て右約款による法的拘束を受ける筋合ではなく、斯る約款が存在するからと言つて商法第五百七十七条所定の運送人の賠償責任を排除すべき免責事由とはなり得ない。仮りに右約款が存在するとしても、運送品一屯につき金二千円の損害賠償義務しかないというが如き規定は、旧道路運送法(昭和二十二年法律第百九十一号)第十八条第一項の自動車運送事業者は不当な運送条件によることを求めその他公共の福祉に反する行為をしてはならないとの規定に違反するものであり、殊に被告独自で定めた単なる例文にすぎない所謂その負責約款を以て商法第五百七十七条の強行規定を排除することは出来ない。仮りに右免責規定が本件運送契約を拘束するものとしても、本件運送契約に於ては運送品の品質数量等を被告に明告してあるのであり、且つ本件損害の発生は被告の重過失に起因するものであるから被告はその賠償義務を免れることは出来ないと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として原告主張の請求原因事実中原告が印刷を業とする会社であり、被告が貨物自動車運送事業を営む会社であること、被告(当時の商号西京貨物自動車株式会社)が原告の委託により昭和二十六年六月四日印刷紙約百連を運送したこと、右運送中右印刷紙が火災により損傷し、右焼損の為め原型のままでは使用できないものとなつたので原告の側に於てこれを裁断し、小型の用紙として更生したこと、及び運送品が原告方に到着後被告の被用者たる運転者が被告に右事故を通報し、被告と原告との間に右事故の善後措置につき交渉が行われたことは認めるが、右印刷用紙がB本判五十封度のものであつたことは不知、右火災が薪瓦斯発生炉の過熱により発生したものであること、及び原告が右印刷紙の焼損により蒙つた損害の金額はこれを否認すると述べ、被告が本件運送に使用した自動車は右当日大阪市所在の毎日新聞社倉庫に於て右運送品を積載し京都市に向け出発し途中守口市に差し掛つた時小雨微風があり荷物にシートを掛けロープで結へ且つその際燃料の補給をしそして京都府綴喜郡八幡町橋本まで来た時更らに燃料を充実補給した。そして右自動車には運転手助手の二名が運転台に乗り原告の雇人一名が荷台上に乗車して積荷を監守していたものであるが、自動車が八幡鉄橋に来た時突然原告の雇人が発火の事実を告げたので運転手は急停車し消火に努めたが橋上では水の便が無く止むなく人家のある地点まで自動車を運転し水を貰い消したのである。右の如くで最後の燃料補給した橋本から発火現場である八幡鉄橋までは約一里半の距離があり、そしてこの種の代燃車はガス発生炉に薪を充満している時は絶対に発火しないものであり、又薪を充満する際既に発火の原因等があれば一里半も過ぎ来た場所で火災を起す等のことはあり得ないものであるから恐らく原告の右雇人が煙草の吸殻を捨てた為めに発生した事故であろうと思われる。従つて被告は本件運送品の保管に関し注意を怠らなかつたものである。と抗弁し、尚本件運送品は高価品であるにも拘らず原告は運送を委託するに際しその種類及び価額を明告しなかつたから被告はその損害を賠償する義務はなく、又被告は旧道路運送法(昭和二十二年法律第百九十一号)による貨物自動車運送事業を営む会社であつて同法第十五条により事業者の責任等につき運送約款を定め昭和二十四年二月二十日附を以て主務大臣に認可申請を為し、同二十五年二月九日その認可を受け、右約款はこれを公示して来たものであるが、右約款第十五条によれば被告に悪意又は重過失がない限り火災に因る運送品の滅失、毀損等の損害については賠償の責を負わない旨が定められて居り、本件運送品の損害は火災に因るものであるから、仮りに右火災の発生につき被告に軽過失があるとしても悪意又は重過失は無かつたのであるから、本件損害の賠償義務は無い、仮りにそうでないとしても右約款第十六条は運送の委託に際し荷送人は被告に対し運送品の品名、品質、数量及び価格を明告しなければ、運送に関する損害の発生につき被告に悪意又は重過失のない限り運送品の価格は一屯につき金二千円の割合で算出した価格を超えないものと看做し、この価格を超過する損害については被告はその責に任じない旨を定めて居り、本件運送の委託に際し被告は原告からその品名、品質、数量及び価格の明告を受けて居ないから、被告に悪意又は重過失が無い本件に於ては一屯につき金二千円の割合で算出した価格を超過する損害については賠償責任はない、そして右運送約款は被告の各営業所に公示していたものであるから、運送契約締結に際し原告が右約款に準拠する意思を有していたと否とに拘らずその拘束を受くべきものであると述べた。<立証省略>
理由
原告主張の請求原因事実中原告が印刷を業とする会社であり、被告が貨物自動車運送事業を営む会社であるところ、昭和二十六年六月四日原告が被告(当時の商号西京貨物自動車株式会社)に対し大阪市所在の毎日新聞社倉庫から京都市所在の原告方まで印刷紙百連の運送を委託し、被告が同日右委託に基きその被用者たる運転手轡田竜一の操縦する被告所有の日燃式薪瓦斯発生炉付貨物自動車に右物件を積載して大阪市所在の毎日新聞社倉庫から京阪国道を京都市所在の原告方に向い進行中右印刷紙が右自動車上に於て火災により損傷し、右印刷紙が焼損のため原型のままでは使用し得ないものとなつたこと、右運送品が原告方に到着後右運転者が被告に右事故を通報し原被告が事故の善後措置につき交渉したこと、並びに原告がその後右印刷用紙の焼損部分を裁断し小型の用紙として更生した事実については当事者間争がない。
そして証人波部末太郎、吉崎俊雄の各証言及び右吉崎証人の証言により真正に成立したものと認める甲第一号証を綜合すると、本件運送品は印刷紙B本判五十封度百連であつて、原告は事故の後右印刷紙の更生作業を紙裁断業者たる訴外波部末太郎に委託し右用紙周縁の損傷部分を裁落して紙型を縮少しこれをA本判型として再生せしめ右更生措置によりA本判三十五封度のもの九十六連を得たこと、及び右B本判の右事故当日即ち原告への引渡の日に於ける到達地京都市に於ける価格は一封度につき金八十円、従つて五十封度については金四千円であり、五十封度百連では金四十万円であり、右A本判の価格は一封度につき金八十円、従つて三十五封度については金二千八百円、三十五封度九十六連では金二十六万八千八百円であり、又原告は右波部に対し裁断料として金九千五十円を支払つたので、右金四十万円と金二十六万八千八百円との差額金十三万一千二百円と右裁断料金九千五十円との合計額金十四万二百五十円の損害を右事故のため蒙つたものである事実を認めることが出来る。
原告は被告が右火災の発生原因が右自動車に取付けられた瓦斯発生炉の過熱に在ることを確認し、且つ右損害を賠償すべき旨を約諾したと主張するが、証人山本友次郎、泉井弘三の各証言及び甲第一号証を綜合すると、本件事故発生直後被告会社の専務取締役泉井弘三、被告会社の使用人奥野斐惟、山本友次郎等が原告に対し右事故の発生につき儀礼的に陳謝の意を表すると共にその善後措置につき原告側と屡次に亘り折衝し、ある程度の金員を右事故に関して原告に支払う意向ある旨を表示したことが認められるけれども、必ずしも被告が原告に対し原告主張の火災発生原因を自認し且つ右損害の全額を賠償すべき法律上の義務あることを認めその履行を約諾したものとは解し難く、証人吉崎俊雄の証言によるも右認定を覆えすことは出来ず、他に被告の損害賠償約諾の事実を肯認するに足る証拠はない。
然し乍ら被告の右約諾の事実がないとしても原告は被告の右運送品の毀損を運送契約上の債務不履行としてこれを原因とする損害賠償を求めるものなるところ、被告は火災の発生につき被告の側に過失がなく右運送品の保管につき注意を怠らなかつたと抗弁するが、被告の指摘するような原告の被用者花井捨松が右運送途中右自動車荷台上に乗車していた際、同人が煙草の吸殻を捨て且つその吸殻の火が運送品に引火して火災を生じたとの事実については何等の証拠が無く、且つすべての証拠によるも右自動車荷台上には瓦斯発生炉以外に火気を帯びた物体が存在していたり、或いは右自動車以外の外界から火気が加つたような形跡を認め難く、しかも証人花井捨松、轡田竜一、轡田光雄の各証言、(但し何れも後記認定に反する部分は措信しない)及び検証の結果を綜合すれば、本件自動車が京都市に向け進行中助手轡田光雄は守口市附近に於て小量の降雨があつた為め荷台に積載してあつた右印刷紙の上にシートを掛けると共に瓦斯発生炉に薪を投入し、その後京都府綴喜郡八幡町橋本附近に差し掛つた際再び瓦斯発生炉に薪を投入補充し、その際薪の容器の空俵を炉の周囲に取付けられていた板囲と印刷紙との中間に放置したまま運転台上の助手席に戻り進行を続けるうち、木津川に架設された御幸橋の手前に差し掛つた時、突如右空俵が燃え出し直ちに右印刷紙に燃え移り、偶々右荷台上に乗車していた原告の雇人花井捨松はこれを発見するや即時運転手轡田竜一に急を告げ右空俵を車外に投棄し右運転手助手の両名は直ちに停車し右荷台上に上つて消火に努めたが水が無かつた為め発車して右御幸橋及び淀川に架設された御幸橋を渡り尚約八百米進行した地点で停車し水を入手して漸く消火するに至つた事実が認められ、右情況に徴すれば本件火災は右自動車に設置された瓦斯発生炉の過熱に起因するものと推定するの外なく、これを覆えすに足るべき反証が無い。そして証人花井捨松、轡田竜一、轡田光雄の各証言によるも、右火災の発生が不可抗力によるものであるとは認め難く、他に被告又はその被用者が本件運送品の保管に関し注意を怠らなかつたことを肯認し得べき証拠は無い。(但しすべての証拠によるも右火災の発生につき被告又はその被用者に悪意又は重過失があつた事を認めるに足りない。)従つて被告は商法第五百七十七条により本件運送品の保管中に生じた運送品の右火災による毀損につき損害賠償の責を免れることは出来ない。
被告は本件運送品は高価品であるに拘らず、原告が運送を委託するに当り運送品の種類及び価額を明告しなかつたから被告は損害賠償の責に任じないと抗弁するが、商法第五百七十八条に所謂高価品とは例えば貨幣、紙幣、銀行券、印紙、郵便切手、各種の有価証券、貴金属、稀金属、宝玉石、象牙、べつ甲、珊瑚及びその各製品、美術品及び骨董品等のようにその容積、重量の割合に比して高価な物品を指称するものと解するを相当とし、前認定のように運送委託の時である昭和二十六年六月四日当時に於て一封度当りの価格金八十円である本件印刷紙は当時の一般物価と対比すれば到底高価品に該当するものとは言い得ないから、この点に関する被告の抗弁は採用することが出来ない。(尤も右昭和二十六年六月四日当時の鉄道運輸規程第二十八条第一項第三号は鉄道の荷物運送につき「容器荷造を加え一瓩の価格金八十円の割合を超える物但し動物を除く」を高価品であると定めているが、右規定は昭和二十七年四月二十二日運輸省令第十六号により一瓩の価格金二万円を超える物に改正されたのであり、昭和二十六年六月四日から昭和二十七年四月二十二日まで一年を経過しない短期間に高価品であると否とを劃する限界を一瓩につき金八十円から金二万円に高める程に物価の昂騰が著しいものでなかつたことは顕著な事実であり、右昭和二十六年六月四日当時に於て高価品を一瓩につき金八十円を超える物とする従前の規定が未だ改正されないままであつたことが当時の一般物価に徴して甚だ不当であつたのであつて、法令が不備であつたものと解すべく、当時の右規定を類推して、商法以外の法令による規制のない道路運送に於ける高価品の概念構成に適用し以て一瓩の価格金八十円の割合を超える物を以て当時の道路運送に於ける高価品と解することは出来ない)。
次いで被告は運送約款による免責規定が本件運送契約の当事者を拘束する旨主張し、原告はこれを争うので、この点につき判断する。証人泉井弘三、山本友次郎の各証言に同証言により真正に成立したものと認むべき乙第一号証及び成立に争のない同第二号証を綜合すると被告は旧道路運送法(昭和二十二年法律第百九十一号)に基き一般積合貨物自動車運送事業者として昭和二十四年二月二十日運輸大臣に対し運送約款の認可を申請し、同二十五年二月九日これを認可され、爾後被告の各営業所に於てこれを掲示し来つた事実を認め得る。そしてこのような運送約款は当事者がこれに準拠する意思を有すると否とに拘らず当然に当事者を拘束するが如き法的効力を具有するものと解すべきではなく、運送の委託者がこれに附合して契約を締結したと認むべき場合にのみこれを拘束し得るに過ぎないと言うべきところ、運送約款は自動車運送事業者に於て運送契約の内容とするため予めこれを定めて行政官庁の認可を受け、運送契約を為すに当り当事者がこれを除外する特約を為さない限りは、その契約の内容と為すべき約款であつて、世上一般の実情によれば自動車運送事業者の提供する運送手段を利用する者は多くは運送約款の条項を詳知しないに拘らず尚これに依る意思を以て運送手段を利用するに至るのを通例とするから、運送を委託する者は特に運送約款を除外する特約を為さない限りこれに依るの意思を以て契約するものと推定すべきであり、原告が本件運送を委託するに際し右運送約款を除外する旨の特約をしたことについては何等の主張も立証もない本件に於ては原告は右運送約款に拘束されるものと言わねばならない。
而して商法第五百七十七条は強行規定ではなく任意規定であると解すべきであるから、運送約款により右法条と異なる定めを為して運送人の責任を減免し得るものと言うべきところ、許容し得べき減免の範囲は本件運送当時に適用された旧道路運送法(昭和二十二年法律第百九十一号)第十八条第一項所定の「自動車運送事業者は、事業計画に定める自動車の運行を怠り、不当な運送条件によることを求めその他公共の福祉に反する行為をしてはならない」との趣旨に反しない限度に於てその限界を劃されるべきものとしなければならない。被告は本件火災による損害の発生につき被告に軽過失が仮りにあるとしても悪意又は重過失がないから右運送約款第十五条の適用により賠償責任が無く、若し仮りにそうでないとしても本件運送の委託に際し被告は運送品の品名、品質数量、及び価格の明告を受けていないから損害の発生につき被告に悪意又は重過失のない本件に於ては右約款第十六条の適用により運送品一屯につき金二千円の割合で算出した価格を超える部分については賠償責任が無いと抗弁し、乙第一、二号証によれば右運送約款第十五条は「被告は火災によつて生じた運送品の毀損については被告に悪意又は重過失が無い限り損害賠償の責を負わない。」同第十六条は「運送品につき予めその品名、品質、数量及び価格を被告に明告しなければその価格は被告に悪意又は重過失のない限り一屯につき金二千円の割合で算出した価格を超えることがないものと看做し、この価格を超過する損害については被告はその責を負わない。」との趣旨をそれぞれ規定している事実が認められるのであるが、火災に起因する運送品の毀損の場合のうち、運送人又はその被用者以外の第三者が運送品に対して放火又は失火等の行為を加え、若しくは運送品を積載せる自動車の外界に於て他人の故意又は過失に因り既に発生した火災が運送品に引火した様な場合に於て、運送品の焼損を防止するにつき運送人又はその被用者に於て軽度の過失あつたが為め遂に運送品を焼損するに至らしめたような事態に在つては運送人の賠償義務を免れしめることも必ずしも著しく不当とは考えられないが、本件の如く運送途中に於て被告の側に於ける過失に因り火災が発生して運送品を焼損するに至らしめたものと推定すべき場合に於ては、たとえそれが運送人の軽度の過失に基くものであつても、損害賠償の義務を免れ得べきものとすることは貨物自動車運送事業者を保護すること厚きに失し、運送機関利用者の利益の保障を著しく阻害するものであつて、右条項は本件のような事案に対する適用の上に於ては不当な運送条件によることを求めるものであり公共の福祉に反するものであつて、その効力を認め得ないものと解するを相当とする。更らに又本件のような貨物自動車による運送の場合に在つては、運送人は遅くとも運送品受取の際には運送品の品名及び数量の概略を覚知するのを通常とすることは実験則上明らかであつて、被告は遅くとも受取の時に於て右運送品の品名及び数量の概略を覚知したものと推定すべく、これを覆えすべき何等の反証もない。そして右約款第十六条は品名、品質、数量、価格のすべてについて告知義務を課し、その告知が無い場合に於て運送品の損害につき運送人の軽過失あるに過ぎないときは運送品の重量一屯につき金二千円の割合で算出した価格を超える部分について損害賠償の義務を免れ得ることを定めているのであるが、右のように被告に於て運送品の品名及び数量の概略を諒知して運送を開始したものと認むべき場合にまで被告が右免責の特典を享受し得るものとすることは、右焼損に対する責任について判断したのと同じく不当な運送条件によることを求めるものであつて公共の福祉に反するものと言うべく、右約款第十六条もまた本件についてはその効力を認めることが出来ないと解しなければならない。(約款の斯る違法性は右約款が行政官庁の認可を受けたものであることにより治癒されるものと解することは出来ない。)よつて右運送約款第十五、十六条の適用あることを前提とする被告の抗弁もまた採用出来ない。
従つて被告は原告に対し右運送品の焼損による損害金十四万二百五十円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和二十六年十一月二十三日から支払済みまで商事法定利率たる年六分以下である年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから原告の請求を正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し主文の通り判決する。
(裁判官 木本繁)